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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)11370号 判決

原告 株式会社宮地鉄工所

右代表者代表取締役 宮地武夫

右訴訟代理人弁護士 横地秋二

同 馬場秀郎

右訴訟復代理人弁護士 軍司育雄

被告 大有商事株式会社

右代表者代表取締役 宮永進

右訴訟代理人弁護士 司波実

同 町田健次

同 河村貢

同 河村卓哉

同 安田昌資

同 斉藤浩二

同 楠田進

同 柏谷秀男

右訴訟復代理人弁護士 豊泉貫太郎

主文

1  原告の主位的請求を棄却する。

2(一)  被告は原告に対し、原告から二、八八〇万円の支払いを受けるのと引換えに、別紙目録記載の土地のうち別紙図面(一)の(イ)(ロ)(チ)(リ)(イ)の各点に該当する地点を順次結んだ直線で囲まれた土地部分に存する建物及び工作物等(別紙図面(一)の③、④(一部)、⑧、⑨、⑯、⑰、⑩、⑳、、、、、、に表示する物件)を収去して、右土地部分を明渡せ。

(二)  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告は原告に対して、別紙図面(一)の①ないしに表示する建物及び工作物等を収去して、別紙土地目録記載の土地を明渡せ。

2  仮りに右第1項が認められないとすれば、被告は原告に対し、原告から八、〇〇〇万円の支払いを受けるのと引換えに別紙図面(一)の①ないしに表示する建物及び工作物等を収去して、別紙土地目録記載の土地を明渡せ。

3  被告は原告に対し、昭和四六年一〇月一日から右明渡し済みまで、一日につき一〇万円の割合による金員を支払え。

4  仮執行の宣言

二  被告(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

1(一)  原告は鉄骨橋梁、鉄塔などの設計、製作及び組立、並びに鉄槽、鉄管、水門の設計、製作、据付けを主たる業務としている株式会社であり、創業は明治四一年にさかのぼり、株式会社に改組されたのは昭和一三年という古い歴史を有し、現在資本金一五億円、株主数七、四八八人の東京証券取引所第一部上場会社であって、東京都に本社及び東京工場(三ヵ所)を有するほか、松本市に工場を、札幌、名古屋、大阪、福岡等に各営業所をそれぞれ経営し、我が国の鉄骨橋梁業界のトップメーカーの一つである。

原告は、東京都江東区新砂二丁目二番八号に本社及び第二工場(敷地二万一、九九四平方メートル)を、近隣に第一工場(敷地一万八、六六四平方メートル)、第三工場(敷地三万三、三一二平方メートル)をそれぞれ敷地とともに所有して営業している。

(二)  被告は、現在、粉砕用媒体の製造販売、産業用運搬車輛並びに作業用機械、器具の製造販売、伝導用継手の製造販売、鋼材、鋼屑、非鉄金属、特殊金属の売買並びに加工、運送及び保管などを主たる業務とする資本金八〇〇万円の株式会社であるが、昭和二五年一二月二三日に設立された当時は、専ら訴外株式会社神戸製鋼所(以下単に神戸製鋼所という。)を主たる取引相手とするスクラップの再生利用の業務に従事する株式会社であった。

被告は、原告の第二工場敷地に西側及び南側の二方を接して隣接し、かつ原告の所有にかかる別紙土地目録記載の土地に工場及び事務所を設置して営業を継続している(以下右土地を本件土地と略称する。)。

≪以下事実省略≫

理由

一  (当事者について)

1  請求原因1(一)の事実のうち、原告がその主張の営業を目的とする株式会社であること及び原告が東京に本社を有し、三ヵ所に工場をその敷地とともに所有して営業している点は、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、請求原因1(一)の事実のうち、その余の事実を認めることができる。

2  請求原因1(二)の事実については当事者間に争いがない。

二  (本件賃貸借契約の成立とそれに至る経緯)

1  ≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができる。

原告の第二工場敷地及び本件土地一帯は、太平洋戦争終結以前には、海軍の軍需工場の敷地として利用されたが、終戦後本件土地は暫らく格別の利用もされなかった。その後、原告は田中組に対し、概ね本件土地の一部にあたる約二、〇〇〇坪の土地を、貯炭場として使用することを目的として賃貸することとなった(原告が田中組に右土地を賃貸したことは当事者間に争いがない。)。しかし、田中組は貯炭業務を止め、昭和二五年一一月中、右賃借土地を神戸製鋼所に対し、スクラップ集積所として使用する目的で、期間は昭和二五年一一月一日から二ヵ年、賃料月額三万円と定めて転貸した(田中組が原告から賃借した土地を上記期間、賃料の定めで神戸製鋼所に賃貸したことは当事者間に争いがない。なお、原告と田中組との間では、昭和二五年一一月一日付で右約二、〇〇〇坪の土地を期間は昭和二六年一〇月三一日まで一年間、賃料月額一万五、〇〇〇円として賃貸する旨の賃貸借契約書が取り交わされている。これは従来から継続していた賃貸借関係を上記田中組と神戸製鋼所との間の転貸借を機に書面により明確化したものと認められる。)。右田中組と神戸製鋼所との間の土地賃貸借(転貸借)は、当時設立準備中であった被告が神戸製鋼所に納入するスクラップの集積所として右土地を使用するため、原告を始め関係者の諒解を得て、神戸製鋼所の借主名義を借用して契約したものであり、被告は昭和二五年一二月二三日設立以来、右土地をスクラップの集積所として使用していた(被告が右土地を使用していたことは当事者間に争いがない。)。

このように認められる。被告は田中組から右土地を工場用地として使用する目的で賃借した旨主張するが、右認定を覆して被告の主張を認めうる証拠はない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  請求原因2の(二)の事実のうち、原告と被告との間に昭和二六年一〇月一日、期間を昭和四六年九月三〇日までの二〇年とし、賃料を坪当り一〇円、合計月額二万六、一五〇円として、本件従前土地(その形状は別紙図面(二)((略図))において点線を用いて示したとおり)の賃貸借契約が成立したこと、その際被告から原告に一五〇万円が支払われたことは、いずれも当事者間に争いがないが、右一五〇万円の支払われた趣旨及び右契約に付せられた特約ないしその趣旨について争いがあるので判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1) 本件賃貸借契約の成立する以前、被告がスクラップ集積業務の必要上、田中組から賃借した土地上に、クレーン設備(別紙図面(一)のに表示するもの)、プレス工場(同上④の建物の一部)を建築しかけたところ、昭和二六年八月ごろ、当時の原告代表者であった亡宮地栄治郎が被告に対して、「田中組に右土地を賃貸した期間は一年間であったのであるから、被告において半永久的な建物を建築することは困る。」と抗議し、このことが機縁となって本件賃貸借契約の成立をみたものであるところ、当事者は、将来に同様の紛争が生じることを防止するために、本件賃貸借契約の期間は二〇年の長期間とすることにした。その代りに、原告側は被告側に一五〇万円の支払いを要求し、被告もこれに応じて一五〇万円を支払った。被告の代表者宮永進は、右金員は、二〇年間の長期の賃借権の対価すなわち権利金の趣旨であると諒解していたが、原告の発行した預り証には「契約の終了又は解除の場合の原状回復保証費」と表示されていたので、右宮永進から前記宮地栄治郎に問い質したところ、宮地は、右表示は専ら納税上の対策である旨告げて諒解を求め、右一五〇万円が権利金であることを否定しなかった。従って右要望を諒解した宮永進は右一五〇万円が返還されるべきものとは考えていなかった。又昭和二六年当時、本件従前土地の更地価額は約二〇〇万円程度であり、右一五〇万円はその七割五分に相当するものであった。

(2) 次に本件賃貸借契約の契約書第四条には、被告が本件従前土地につき、「修理補修を必要とするか又は賃借物件上に建物其の他の施設を必要とする場合には原告の承諾を受け自己の負担に於て之を為すことが出来る。」旨が規定されているが(被告が賃借地上に建物その他の施設を必要とする場合には原告の承認を受けて建築する旨の特約が存することは、その趣旨の点を除き、当事者間に争いがない。又この特約その他を承けて、前記契約書第七条には、被告が本契約に違反したときは、原告は催告を要せずして契約を解除することができる旨定められていた。)、この点につき宮地栄治郎は宮永進に対して、これはいわゆるきまり文句であって、ホテルとか料理屋などを建築して、本件土地の利用に重大な変更を及ぼす場合には原告に相談してくれるように言明し、右契約書第四条が一切の建物の建築を禁止する趣旨ではない旨を告げた。更に本件賃貸借契約の成立以前に、原告が田中組に対して、前記約二、〇〇〇坪の土地を貯炭場として使用する目的で賃貸した際にも、概ね本件賃貸借契約書と同じ内容の契約書が用いられ、そこにも第四条として右第四条と同旨の文書が記載されていた。

(3) 被告は田中組から前記約二、〇〇〇坪の土地を賃借し、その使用を開始してから、右土地上に台貫(別紙図面(一)のに表示するもの)を設置し、又スクラップを切断するシャーリング工場(同上⑤表示の建物の一部)、事務所・宿直室(同上⑥からにかけての位置に存した。)、工員控室(同上⑭の建物の一部)などの建物を建築し、その後、前述のとおりクレーン及びプレス工場の建設中原告の抗議があったことから本件賃貸借契約が締結されるに至ったのであるが、当時右クレーン及びプレス工場は完成間際の状態にあり本件賃貸借契約締結後、被告は右クレーン及びプレス工場を完成したが、該工場、設備の電力は、後日被告が変電所を設置するまでの間は、原告の既存電力供給設備を利用させてもらった。昭和二七年七月被告が仮締場(別紙図面(一)の⑧⑨⑯⑰に表示する現在の車輛工場の一部)を建築するにあたり、原告の当時の常務取締役稲葉久美のもとにその建築を依頼にいったところ、同常務は訴外東邦鉄工に依頼したらよいと助言したので、被告は同訴外人に建築を依頼したが、原告は右建築に必要な電力につき同訴外人が原告の電力供給設備を利用することを承諾し、右工事につき諒解を与えた。

(4) 更に本件賃貸借契約書には付箋が付されており、そこには「株式会社田中組と株式会社神戸製鋼所との間の別紙土地賃借契約を承継の上今般株式会社宮地鉄工所と大有商事株式会社との間に次の通り土地賃貸借契約を締結する。」と記載されているが(このような承継の特約があったことは当事者間に争いがない。)、これは本件賃貸借契約書を作成した際、田中組と神戸製鋼所(実質上は被告)間の前記約二、〇〇〇坪の土地転貸借がまだ残存期間を有し、消滅していなかったところ、本件賃貸借契約では、その転貸借上の法律関係、とりわけ被告がすでに護岸の補修、土盛り工事など本件土地に多額の資金を投じて工事を施工したことに基づく当該費用の償還義務を原告が承継するかどうかが明らかにされていなかったので、宮永進が宮地栄治郎に相談したところ、宮地から、その点を明確にする文言を被告の方で考案してくるようにとの要望があったので、被告が前記の文言を記載した付箋を作成し、これが契約書に添付されたものである。

≪証拠判断省略≫

(二)  右の認定事実によれば、被告が原告に交付した一五〇万円の趣旨は、言葉の真正な意味における原状回復保証金あるいは敷金といった性格のものではなく、賃借権を設定した対価すなわち権利金であると認めるのが相当である。

更に本件賃貸借契約における建物新築には原告の承諾を要する旨の特約は多分に例文的性格を有するものと認められるが、強いて当事者の意思を推認すれば、被告に一切の建物建築を禁じる趣旨ではなく、当時、本件従前土地上に存在した種類の建物以外の建物を建築して土地の利用状態に重要な変更が加えられることを禁止する程度のものであったと推認することができる。

最後に本件賃貸借契約における田中組と神戸製鋼所との間の契約を承継する旨の特約は、必ずしも田中組と神戸製鋼所との間の契約の目的をそのまま踏襲して本件従前土地の利用方法を厳密にスクラップ集積所として限った趣旨ではなく、むしろ田中組と神戸製鋼所との転貸借に基づいて発生した費用償還請求権を本件賃貸借契約においても存続させるという趣旨であったことが認められる。

三  (変更契約の成立とその趣旨)

1  昭和三〇年四月四日、従来賃貸借の目的物とされていた本件従前土地のうち一部分を返還し、他の一部の土地を目的物に加えて、全体の目的物を本件土地(但し、契約書上の面積二、三五三坪)とし、その形状は別紙図面(二)において実線で囲んだ部分とする旨の変更契約が成立し、賃料も一ヵ月二万三、五三〇円(坪当り一〇円)と改められた事実は当事者間に争いがない。

2  被告は、右変更契約は、本件賃貸借契約の目的物に新たな土地部分を包含したものであり、かつ地上の建物の建築状況が昭和二六年一〇月一日当時と大きく異っており、又新たに工場(シルペップ工場)を建設することを前提としていたことなどにより、新たな賃貸借が成立したものであると主張するので、この点について検討する。

≪証拠省略≫によれば、本件賃貸借契約の当初の目的土地は概ね別紙図面(二)の点線記載のとおり定められたが、これでは、原告被告双方ともに使用するのに不便を感じていたので、原告の方から被告に対し、使いやすいように賃貸土地を方形に改めてはどうかと提案し、両者間で種々折衝が行われている間、原告が昭和二九年一二月二日付内容証明郵便をもって被告に対し、被告が約定に反し、原告の承諾なしに建物その他の施設をしたことを理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し(この点は当事者間に争いがない。右郵便は同月四日被告に到達した。)、これに対し、被告が反論すると同時に契約関係の維持を懇請したので、原告は契約解除を前提にしてことを進めることを止め、被告との間で前記のような変更契約を締結するに至ったこと、当時被告は右変更契約によって原告に返還することとなった土地部分に跨ってシルペップ工場を建設する計画であったが、右シルペップ工場の建設予定の場所を変更して、右変更契約に応じたこと、右変更契約後、被告は別紙図面(一)の⑤に表示したシルペップ工場を建築したこと、原告としては、事業上の必要から本件従前土地全部を明渡してほしいところであったが、とりあえず、右変更契約によって当面の使用上の不便を取り除き、最終的解決は賃貸借の期間の満了まで一応待つ方針をとったことが認められる。

右の事実によれば、たとえ地上の建物の建築状況が昭和二六年一〇月一日当時と大きく異っており、又新たにシルペップ工場が建設されることが予定されていたとはいえ、すでに本件従前土地全部の明渡しを希望している原告が、従来の賃貸借の期間の経過を全部無駄にして、新たに被告と賃貸借契約を締結する意思を有していたと推認することができないことは明らかである。前記認定事実からしても、明渡しの時期については最大の関心を有していたと推認される原告がその作成に関与した前顕甲第四号証、乙第一四号証(いずれも、右変更契約の契約書)に、面積の変更、形状の変更及び賃料の変更のみが規定され、期間の伸長などについては何ら触れられておらず、賃貸借の内容全部を規定していないことは、右賃貸借の期間など契約書で触れていないことは従来どおりの約定とする旨の合意が存したことを推認させるものである。

結局、本件変更契約は、単に本件賃貸借契約の目的土地の面積と形状のみを変更する合意にすぎないと認めるべきであって、被告の前示主張は採用することができない。

四  (借地法適用の有無について)

本件賃貸借契約の期間が昭和四六年九月三〇日満了したことは当事者間に争いがない。

原告は本件賃貸借契約は期間の満了により終了したと主張するのに対し、被告は借地法の規定による法定更新を主張するので、本件賃貸借契約に借地法の適用があるか否かを検討する。

1(一)  被告が田中組から賃借した土地上に台貫を設置し、又シャーリング工場、事務所・宿直室、工員控室を建築し、本件賃貸借契約締結当時右建物等が本件従前土地上に存在していたこと、本件賃貸借契約締結後被告が完成したクレーン及びプレス工場の電力について原告が便宜を与えたこと、被告の仮締場(現在の車輛工場の一部)の建築工事についても原告が諒解を与えたことはいずれも前記認定のとおりである(前記二2(一)(3)参照)。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、本件賃貸借契約成立の際、期間の決定にあたっては、当時の原告の代表者であった宮地栄治郎が被告代表者宮永進に対して、法律上許容された最低の期間であるからとの理由で二〇年としたい旨提案し、被告もこれを承諾して合意が成立したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(三)  前記のとおり被告から原告に対し支払われた権利金の額一五〇万円は、本件賃貸借に借地法の適用があると考えてこそ始めて合理的な金額であるということができる。

(四)  又本件賃貸借契約の無承諾の建物新築を禁止する旨の特約も、前記認定のとおり、本件従前土地上に存在した種類の建物以外の建物を建築して土地の利用状態に重要な変更が加えられることを禁止したものであるにすぎず、絶対に建物の建築を認めないという趣旨のものではなかったのであり、更に本件賃貸借契約が田中組と神戸製鋼所との間の転貸借を承継する旨の特約も、必ずしも本件土地の利用目的を厳格にスクラップ集積所のみに限るという趣旨ではないことは前記認定のとおりである。

2  以上によれば、本件賃貸借は、工場用建物所有の目的で設定されたものであるということができるから、借地法の適用があることは明らかである。

五  (被告の更新請求及び期間満了後の使用継続)

1  記録によると、原告は昭和四二年一〇月二三日本訴を提起し、主位的請求として無断建築を理由とする本件賃貸借契約の解除を原因として本件土地の明渡を求め、予備的請求として、本件賃貸借契約は昭和四六年九月三〇日に期間の満了により終了すべきものであるから、同日限り本件土地を明渡すべきことを求めた。後に、右の主位的請求は撤回され、右の予備的請求が日時の経過により現在の給付の訴に改められ、更にこれが主位的には単純に本件土地の明渡しを求め、予備的に立退料の支払と引換えに本件土地の明渡しを求める形で、今日まで維持されてきており、これに対し被告は終始右請求の棄却を求めて争い、本件土地の明渡を拒絶しているのである。

このように、土地賃貸人が賃貸借の期間の満了に先立って予め請求する必要があるとして、賃借人を相手どって右期間満了の時に賃貸物件を返還すべきことを求める訴を提起し、これに対し賃借人が右請求の棄却を求めて争い、物件の返還を拒絶している訴訟の係属中、当該期間が満了したときは、賃借人が別途の更新事由のみを主張する旨明示しているなど特段の事情が認められない限り、賃借人は右期間の満了の際、黙示的に借地法第四条所定の契約の更新を請求したものと認めるとともに、賃貸人も返還請求訴訟を維持している以上、右更新請求に対し直ちに黙示の異議を述べたものと認めるのが相当であるから、本件においては昭和四六年九月三〇日に期間が満了した際に、被告は原告に本件賃貸借契約の更新を請求し、これに対し原告が直ちに異議を述べたものと認められる。

2  又被告が本件賃貸借契約の期間満了後も本件土地の使用を継続していたこと、これに対し原告が昭和四六年一〇月二日被告に到達した内容証明郵便をもって異議を述べたことは当事者間に争いがなく、右異議は借地法第六条所定の法定更新を妨げる遅滞なき異議に該当することは明らかである。

よって、法定更新の成否は、右異議に正当事由が存するか否かにかかわってくる。

六  (正当事由について)

1  借地法第四条第一項は、借地権者がなした契約の更新請求に対し土地所有者が異議(更新拒絶)を述べるには「自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合」でなければならないと規定している。このように異議について必要とされる正当事由ないし事由の正当性を判断するには、単に土地所有者側の事情ばかりでなく、借地権者側の事情をも参酌することを要し、両者の事情を比較考量のうえ異議の適否を判定しなければならない(最高裁判所大法廷昭和三七年六月六日判決、民集一六巻一二六五頁参照)。この理は、借地法第六条第一、第二項所定の借地権消滅後借地権者が土地の使用を継続する場合において土地所有者が述べる異議について必要とされる正当事由の判断についても、同様であると解される。そして、右判断にあたり参酌しなければならない借地権者側の事情は、土地の使用を継続するについて借地権者側がもつ必要性が中心となるべきことは当然であるが、それに限られるものではなく、借地権者側に賃貸借の継続を困難ならしめる背信的行為があるときは、衡平の見地から、そのこととの相対関係において土地所有者側の事情を評価すべきであるから、該背信的行為の有無も参酌すべき事情に含まれることは否定できない。

次に、借地法第四条、第六条において必要とされる正当事由は、借地権消滅の時ないしは借地権者の更新請求又は土地の使用継続に対し土地所有者が異議を述べる時に存在しなければならないとみるべきであるから、右基準時において正当事由が存在しないと、賃貸借契約は当然に更新され、借地権は建物の種類に則し三〇年又は二〇年の長期の存続期間を保障され(同法第四条第三項、第五条第一項、第六条第一項後段)、たとえその後に正当事由が具備されるに至っても、土地所有者は借地権を消滅させることができず、長期に亘って重い負担を蒙ることとなる。それが、解釈上正当事由判定の基準時を設定し、その一点に判断の基礎となる事実関係を集約することによって土地賃貸借契約における法的安定を図ろうとすることの結果であって、やむを得ないと考えるべきである反面、土地賃貸借契約が継続的生活関係であって、その性質上賃貸人及び賃借人双方の当該土地使用の必要性の有無及び程度などの諸事情が時の経過によって流動するものであることは避け難いところであり、正当事由の判定にあたって、このことを考慮しないでは、賃貸借関係に終止符を打つべきかどうかにつき真に公正な判断を形成することができないことも是認しなければならない。従って、借地権消滅の時ないし土地所有者が異議を述べた時(基準時)の事実関係のもとでは正当事由が充足されないとすべき場合でも、その時点からさして隔たらない時期に事情の変更を生じ正当事由が具備されるに至ったときは、当事者が新たな当該事情の発生の蓋然性を予見し、又は予見し得た以上、遡って異議は正当事由を備えたものと扱うのを相当とする。土地所有者が異議を述べた後になって正当事由の補強として賃借人に対し立退料提供の意思表示をした場合にも、これを絶対に参酌すべからざるものと考える必要はないとすべきである。

叙上の観点に立って本件における正当事由の存否を判断する。

2  (被告の背信行為の有無)

(一)(1)  原告は被告の建物の無断建築を主張する。被告が本件賃貸借契約締結後本件従前土地ないし本件土地上に様々の建物を建築したこと、原告がこの点を捉えて昭和二九年一二月四日被告に到達した内容証明郵便をもって本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは前述した。しかし、本件賃貸借契約は工場建物の所有を目的とするものであり、右契約で約定された建物建築に関する特約の趣旨は工場用建物以外の建物を建築し、賃借土地の利用状態に重要な変更を招来する行為を禁止する以上に出ず、原告も前記のように契約解除の意思表示をしたものの、爾後これを前提としてことを進めることを止め、かえって変更契約を締結して賃貸借関係の維持を認容する態度に出たことも前認定のとおりである。してみれば、被告の建物建築に対し背信的なる非難を投げることは許されないというべきである。

(2) (原告の明渡請求に対する被告の対応の仕方)

≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができる。

昭和三〇年の変更契約後原告側の事業の拡大と製品の大型化は著しく、昭和三六年から同三七年にかけて、従来材料置場及び仮組立工場として使用していた現第二工場敷地に橋梁等の製造を主体とする現第二工場(溶接工場、材料ヤード、仮組立ヤードの三棟から成る。現在は順次第一、第二、第三棟と呼称されている。)を建設したが用地不足は蔽い難く、本件土地を被告から返還を受け、材料ヤード及び仮組立ヤードを東縁の運河(別紙図面(一)参照)の所まで延長して工場機能を十全に発揮したいというのが当時からの原告の考えであった。そこで、昭和三七年と昭和四〇年の二回に亘り、原告は被告に本件土地の返還方を交渉した。原告の返還条件は、本件賃貸借契約の残存期間補償として代替地を提供し、原告の費用負担で工場等を移転しようというものであったが(原告から被告に対して、代替地を提供するから、本件土地を返還してほしい旨の交渉があったことは当事者間に争いがない。)、被告は等価交換を主張し、残存期間を参酌することなしに本件土地の賃借権と全く同等の価値ある代替地を所有権あるいは賃借権の形で与えるか、同等の価値を金銭で補償すべき旨要求した。そこで、昭和四〇年の交渉のときは、原告は代替地として原告の第三工場の隣地に工場用地を提供しようとして、鑑定を試みたりしたが、被告の等価交換の主張に応じることができず、遂にこれらの話は立ち消えに終った。

右認定に反する証拠はない。

このように原告が賃貸借の残存期間を補償することを条件として明渡しを求めたのに対し、被告が拒否し、完全なる等価交換を要求したことは、残存期間、更新の可能性、賃料の低額なこと(後述する。)などを考慮していない点で、不当に過大な要求であって、妥当ということはできないが、前述のように本件賃貸借契約に借地法の適用があり、相応の保護を与えられていること、原告の返還交渉は期間の満了(昭和四六年九月三〇日)まで相当の年月を残している段階でなされたものであって、本件土地を基盤に事業を営む被告が将来にかけていたであろう期待に対する配慮に欠けるものがあるといわざるをえないことを考えれば、被告の右要求を背信的なものとまでいうことはでない。

(3) (和解における被告の態度)

裁判上の和解期日において、原告がその主張の代替地を提供したのに対し、被告がこれを拒否したことは当裁判所に顕著な事実であり、仮りにこれが原告の誠意を踏みにじる嫌いがあったとしても、ことは昭和四六年一〇月の異議から数年隔った訴訟の場の出来事であって、このような事態は当事者双方ともこれを予見し、又は予見し得たものとは認められないから、これを異議の正当事由の積極的要素とすることはできない。

(二)  以上によれば、原告が正当事由の一として主張する被告の背信行為なるものは、事実に基づいて考察すれば、背信的といえないもの((一)(1)(2))、又はそもそも正当事由として考慮に容れることが許されないもの((一)(3))であることが明らかである。

3  (原告の自己使用の必要)

(一)  必要性が具体化した時期

≪証拠省略≫によれば、原告は我が国の経済成長に応じて遂次経営規模を拡大し、資本金も増大していった。原告は昭和三一年一月ごろ工場設備拡張合理化八ヵ年計画を立案実施し、東京第一、第二工場を整備し(第二工場の整備については前記2(一)(2)において触れた。)昭和三八年一一月には第三工場を完成して右計画は一応目的を達したが、なお事業の拡大傾向は著るしく、工場用地不足に悩むこととなったことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

原告は右用地不足を打開するには本件土地の返還が必須であったと主張する。ただ、返還を受けた土地をいかに使用するかという点について、はじめ仮組立ヤード二列、材料ヤード一列を増設するとし(昭和四四年二月七日付準備書面)、次いで、原材料、仕掛品、製品置場として使用するとし(昭和四五年一〇月三日付準備書面)更に原材料置場及び製品置場として使用し、かつ一部に従業員の厚生施設を設置する予定であるとするに至った(昭和四七年二月一九日付準備書面)ことは被告の指摘するとおりである。しかし、これは所詮本件土地が返還されたならばという仮定の上に立てられた使用計画であって、ことの性質上不変的なものを求めることは無理である。そのように使用計画の内容に一貫するものがないといっても、原告が第二工場の工場機能を十全に発揮するために本件土地を使用する必要があるという点(その必要性が異議のかなり以前から存在していたことは前記2(一)(2)で説明した。)では終始一貫しているのであるから、単に仮定的使用計画の内容の変遷したことを促えて、原告に本件土地を必要とする切実な理由がないとする被告の主張は当らない。

そして、≪証拠省略≫によれば、本件土地の返還を受けた場合に原材料置場及び製品置場として使用し、かつその一部に従業員の厚生施設を設置するという使用計画は、原告が本訴においてそれをはじめて表明した昭和四七年二月一九日付準備書面の作成提出以前に既に原告会社の役員会において決定されたものであることが認められるから、本件土地を第二工場の工場機能を十全に発揮するために使用する必要性は、原告が被告の更新請求あるいは本件土地の使用継続に対し異議を述べた昭和四六年九月末日から同年一〇月初の時点においては、返還を受けた本件土地を原材料置場及び製品置場として使用し、かつその一部に従業員の厚生施設を設置するという使用計画を伴って既に具体化していたものと認めるのが相当である(前記昭和四五年一〇月三日付準備書面記載の使用計画の中に原材料置場、製品置場が載っていることもおもいあわせるべきである。)。

(二)  必要性の度合

そこで、右のような本件土地使用の必要性の強弱の程度を検討する。

(1) 原材料置場及び製品置場関係

(イ) ≪証拠省略≫を総合すると次のとおりの事実を認めることができる。

本件土地及びその南側に位置する原告の第二工場の敷地一部(旧熔接工場、現第一棟が存在する)の東縁は私有水面(運河)に接しており(本件土地の東縁が、約八〇メートルに亘り、私有水面((運河))に接していることは当事者間に争いがない。)、右運河に接する土地部分は、昭和一三、四年以降訴外八幡製鉄株式会社及び富士製鉄株式会社の原材料運搬に関する指定河岸となっており荷受主である原告が右会社と取引する場合は、多大の便宜を受けるものであり、かつ原告は、右私有水面を所有する訴外東京湾土地株式会社から右運河のうち岸壁に接する水面につき優先的使用権を与えられている。そこで原告は上記製鉄会社など原材料購入先から納入される原材料を前記指定河岸において荷受けするのが便宜であり、経済的であるが、現実には被告が本件土地を占有し、右指定河岸のうち本件土地に属する部分をその用途に使用することができないため、勢い現第一棟の運河に面する開口部において荷受けせざるをえないが、そうすると荷受けのためのクレーン操作によって現第一棟の作業能率に相当の悪影響を及ぼすので、結局これを断念せざるを得ず、他に原材料置場を賃借して、同所に原材料を置き、あるいは、第三者に原材料の保管を委託せざるを得なくなっていた。このような事情が前述の用地不足と相俟って、原告はかなり以前から原材料あるいは製品の置場として、数ヶ月、半年、一年などの短期間の契約で第三者から、毎年数千坪に及ぶ土地を賃借し右用地不足に対処してきた。昭和四六年中に、右土地の賃貸人である訴外東京都港湾局(二万一、〇〇〇平方メートル)、株式会社長谷川万治商店(九、九〇〇平方メートル)、日商岩井株式会社(九、二六四平方メートル)に借地の賃料として支払った金額は三、〇七三万七、六〇〇円にも達した。原告は昭和四七年二月中にも訴外新日本製鉄株式会社から三万三、〇五七平方メートル(一万坪)の土地(但し、同年三月三一日までは二、〇〇〇坪)を、期間は同年一一月三〇日までとし、賃料月額二〇〇万円(但し三月三一日までは四〇万円)で賃借して、製品置場等に利用した。

更に、原告は原材料置場が不足しているため、訴外住友商事株式会社、日産岩井株式会社、川鉄商事株式会社その他に対し原材料の保管を委託している実情で、昭和四六年中、保管を委託した原材料の数量は、一万五、六千トン、その水揚、整理、保管、出荷料として支払った金額は四、二〇〇万余円にも上った。

このように原告は昭和四六年当時、原材料、製品置場の賃借及び原材料の保管委託のために多大の出費を余儀なくされていたが、一方本件土地の賃料は契約成立当初から月額坪当り一〇円であって今日まで値上げをしていない(この点は当事者間に争いがない。)のに、昭和四四年度以降本件土地の固定資産税及び都市計画税は一ヵ月坪当り一〇円を越え、昭和四六年度は一ヵ月坪当り二〇・五九円となったため、本件土地の賃料は税金を賄うにも足りず、まして前記借地料あるいは保管料などに充てることは不可能であった。

そして、本件土地の返還を受けてこれに原材料置場及び製品置場として使用することができるようになっても、原材料置場および製品置場として第三者の土地を賃借しなければならない事情は一部を除いて依然として残るが、原材料の保管を委託する関係はほとんど解消することとなるので、原材料の保管委託及び一部の借地関係の出費を節減することができた。

又原告は本来ならば製鉄会社から原材料の直送を受けて自社で切断すべきところ、原材料置場不足のため、製鉄会社(原材料の保管を委託した分についてはその保管先)からシャーリング会社に陸送してもらったうえ、シャーリング会社で原材料を切断し、これを第二工場に陸送してもらうという手順を践まざるをえない。このため右切断及び陸送の費用を支出しているが、本件土地を原材料置場として使用することができれば、右費用を節減することができた。

以上の節減し得た費用はすくなく見積って、年間七、〇〇〇万円を下らない。

このように認めることができる。原告代表者稲葉久美本人は、右の節減し得た費用は年間約一億円であると供述する。ところで、右供述を検討すると、右本人のいう一億円の中には原材料等置場として賃借していた土地の賃料全額が計上されていることが明らかである。しかし、右土地賃貸借の関係は、原告が本件土地の返還を受けることができても一部を除いては解消しないというのであり、しかも右本人の供述によっても、解消し得る借地は全借地のごく一部であることが窺われるから、結局年間の賃料三、〇七三万七、六〇〇円のうち三、〇〇〇万円位は節減し得た費用に計上すべからざるものである。右の節減し得た費用を同じく約一億円とする原告代表者宮地武夫本人の供述(第一回)についても、同様の批判が向けられなければならない。以上の次第で、原告の節減し得た費用を概算するにあたっては、右各本人の供述する約一億円の金額から前記三、〇〇〇万円を控訴すべきであり、結局約七、〇〇〇万円と認定するのが相当である。

(ロ) 原告は、更に、本件土地を原材料置場及び製品置場として使用することによって得られる利益ないし費用節減を具体的金額を挙げて主張しているが(再抗弁(二)(3)(イ)(ロ))、原告の主張する金額の算定は、すべて、現時点(昭和四九年四月一九日の本件口頭弁論終結時)における、整備された本件土地使用計画の実現されることを前提として行われ、かつ価格、費用などの諸因子の額を現時点における金銭評価に基づいて計算しているものであり、しかも当該金額を昭和四六年九月末から一〇月初にかけての時期に引き直すについて依拠すべき逓減率(近時の経済事情のもとにおいては、昭和四六年当時の額は現時点の額から一定の割合をもって逓減されなければならないことは自明である。)についてなんら主張立証がないから、当該金額をもって昭和四六年当時における正当事由の判断の資料に取り込むことは適当でないといわなければならない。

(ハ) 被告の主張に対する判断

被告は、原告が本件土地において原材料をシャーリング(切断)することは「首都圏の既成市街地における工業等の制限に関する法律」(昭和三四年法律第一七号)に違反して不可能である旨主張する(再抗弁に対する認否2(二)(3)(ロ))。

右法律は既成市街地への産業及び人口の過度の集中を防止し、都市環境の整備及び改善を図ることを目的とするものであり(同法第一条)、既成市街地のうち政令で工業制限区域と定められた地域においては、作業場などの新設、増設をすることは、都知事の許可がなければできないこととなっている(同法第四条)。そして都知事は一定の要件のもとでのみ右許可をなすことと規定されており(同法第八条)結局右法律は、都市環境の保護のため、作業場などの新設増設の許可を、都知事の覊束裁量行為としているものである。本件の場合原告のシャーリング作業場が建設可能となるか否かは、専ら都知事の法の趣旨及び要件に適合するか否かの判断にかかわることであり、法律上実現不可能であるといい切ることはできない。右の点が原告の第二工場の拡大計画において、問題点となることは明らかであるが、このことの故に原告の本件土地に対する必要性が大きく左右されることはないことが明らかである。

次に、被告は、橋梁メーカーは、必要とする原材料をシャーリング会社に発注し、規定の寸法に切断された原材料を、その都度購入する体制になっているのが常識であり、原告もその方式で臨めば、広大な原材料置場は全く不必要であると主張する(再抗弁に対する認否2(二)(3)(ハ))。

しかし、≪証拠省略≫も橋梁メーカーらが原材料を購入する一般的な型態を推認させるものであるが、本件の場合は、≪証拠省略≫に照らすと、そのまま採って被告の右主張を肯認する資料とし難いし、被告の主張に添うような≪証拠省略≫もそのまま信用することができない。前顕甲第二五号証(自昭和四六年四月一日至同年九月三〇日事業年度((第六六期))の原告の有価証券報告書)には、原告会社全体の右事業年度における鋼板入手量は年間二万トン余にも上るにも拘らず、期首及び期末の在庫は、それぞれ僅かに五トンと記載されていることが認められるが、このことが被告の前記主張を裏付ける所以は充分解明されていない。

(2) 厚生施設関係

≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができる。

原告の第二工場は、他の工場に比べて、従業員の食堂、医務室、休憩室などの厚生施設が著しく劣悪であり、原告会社の従業員労働組合の強い不満の的となり、事あるごとに右労働組合は、原告に第二工場の厚生施設を充実するよう要望し、原告も右要求に応じざるを得ない状況になってきている。又原告の第二工場の西側には都道が存するところ、その拡幅計画が発表され、右都道に接して存する第二工場の倉庫は、拡幅用地を収用されるに伴い、他に移転する必要にせまられている。右計画の実現の兆しは今のところないが、近い将来実現される見通しである。

そこで第二工場内には他に余地がないことから、被告から本件土地の返還を受けたうえ、その一部に三階建の厚生棟を建築し、一階を倉庫、二、三階を食堂、医務室、浴場などの厚生施設として利用する必要があった。

右認定に反する証拠はない。

(3) ≪証拠省略≫によれば、原告は、昭和四四年一二月に千葉県市川市との間で、五万三、七〇〇平方米の造成計画中の工場用地(当時は海面)を購入する契約を締結したことが認められる(契約締結の事実は当事者間に争いがない。)しかし右証拠によれば、原告が市川の土地を現実に利用できることとなったのは昭和四九年三月であることが認められるから、右土地購入の事実は、昭和四六年当時における本件土地使用の必要性を減殺する理由として取り扱うことができないのみならず、右証拠によると原告は右土地の購入資金に充当するため、昭和四八年九月中、すでに工場設備が老朽化し、大型製品の受注に対応できなくなりつつあった第一工場を、その用地とともに他に売却してしまい、昭和五〇年三月に引渡すこととなっているため、昭和五〇年三月までに第一工場を市川市の右土地に移転しなければならないこととなったが、右一万六、〇〇〇坪のうち、四割は緑地化したり、従業員の厚生施設を設置しなければならないため、全体の工場用地の面積は、必ずしも大巾に増大しないし、又市川市の土地に第一工場の代りとなるべき工場が完成するには数年を要し、その間は第二工場が東京工場の主力工場となるので、本件土地使用の必要性はますます増大するに至っているという「事情」にあることが認められる(≪証拠判断省略≫)。

4  (被告の使用の必要)

≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。

(一)  被告が昭和二五年一二月に設立された当時の営業内容は車にスクラップを収集して神戸製鋼所に納入することのみを目的としたものにすぎなかったが、その後被告が本件土地を本拠として右営業活動を活発化させていくうち、省力機器、シルペップ製造に関して合計二十数種もの工業所有権を有するようになり、経営規模は着実に拡大していった。そして被告の経営部門はスクラップの再生利用を目的とする活用部門、省力機器製造部門、コンクリートを製造するため石灰を粉砕する特殊鋼製の媒体であるシルペップの製造部門の三つから構成されるようになり、昭和四六年当時の年間の売上高は、活用部門が約四億円、省力機器製造部門が約五億円、シルペップ製造部門が約一億円であり、一応安定した経営内容を保持していた。

なお被告はこれらの事業経営の本拠地である本件土地の前身たる約二、〇〇〇坪の土地を田中組から賃借した昭和二五年一一月以降右土地の土盛り、護岸補修を行うため当時の金員で合計二〇〇万円以上の費用を支出している。

(二)  昭和三六年二月ごろには、被告は事業の一層の発展を期して、茨城県古河市に合計約一万一、〇〇〇坪の土地を買収し、シルペップの製造を中心とする工場を建設する計画を立てた。ところが右土地買収を進めているうち被告が製造を企画したシルペップがセメントの製造方法の変更によって不適応と判明したため、右工場建設計画を取り止めたが、残りの土地は投資のため買収を了した。その後昭和四一年三月右土地は住宅地域に指定されたため、もはや工場用地としてこれを使用することはできなくなったが、坪当り二万円程度の価値をもっており、全体で二億円以上の価額の土地となっている。

(三)(1)  被告の活用部門の事業態様は、(イ)三菱製鋼の東雲工場にスクラップを売却すること、(ロ)右東雲工場から、特殊鋼の廃材を購入し、特殊の試験方法によって成分を鑑定し、かつ寸法別に整理し、それぞれの用途に応じて需要家に売却すること、(ハ)このようにして活用できないものは三菱製鋼に売り戻すこと、(ニ)前記廃材のうちからスパナの原型を製造してこれをスパナ製造業者に販売することから成っているものである。このようにこの部門は三菱製鋼との取引が中心である。そして三菱製鋼は江東区東雲一丁目九番三号に存し、本件土地からも非常に近く、運送費その他で多大の便宜を得ているものであり、利益率の少いこの部門にとっては、この三菱製鋼との取引を除外しては営業として成り立たないものである。

(2) 被告の省力機器製造部門の事業内容は、注文主(倉庫、作業場など)の需要に応じ、各個の省力機器を研究したうえ、設計、製造するものであり、被告製造の省力機器は、一部にはドラムポーター、ポーターリフトのごとく規格品として下請工場で量産できるものもあるが、大部分は自社製造のいわゆる一品物である。従って製造に使用する材料、資材、部品も多種多様であり、被告が部品業者らにその部品などを注文して納入を受けるものも多くは一品ごとであり、製造過程における注文の変更が頻繁である。そのような部品などの注文状況であるから、事情をよく理解した部品業者を取引相手として持つことはこの部門に不可欠であるところ、被告は長年かかって約八〇社ほどの部品業者らを培養し、これらと緊密な取引関係をもっている。それらの業者は江東区を中心とし、江戸川区、墨田区、千代田区、中央区に集中し、本件土地と近距離であり、被告の困難な注文によく応じている。

(3) 被告のシルペップ製造は、前記の特殊鋼の再生利用と発想を同じくするものであって、被告がその製造方法につき特許を有しているものであるが、原材料の特殊鋼は、特に信頼関係の厚い三菱製鋼と平和製鋼とに依頼して製造してもらい、購入している。シルペップ製造の利益率は特に少く、被告としては原材料費、製造費、運送費などのコストの増大は、絶対に避けなければならないところである。本件土地の近くに前述の三菱製鋼及び平和製鋼が存することが、被告にとって非常に有利となっている。

(四)  以上の各部門で働らく工員は本工約四〇名であって、そのほとんどが江東区内に居住し(そのうち本件土地上の社宅に居住する者は八名である。)作業の性質上熟練度あるいは特殊技能を要請される者であるが、被告が本件土地から移転した場合、右工員らに移住を期待することは困難である。

(五)  このように被告の営業部門はいずれをとっても本件土地の地の利を最大限に利用したものであり、仮りに被告が本件土地を離れて工場を営むこととなれば(前述の「首都圏の既成市街地における工業等の制限に関する法律」による規整方式に徴すると、移転が絶対不可能であるわけではないが)、営業の継続を不可能にするか、又は著しく困難にするなどの障害が生じることは十分予想されるところである。

このように認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(六)  原告は、三菱製鋼東雲工場自体が最近公害問題に対する配慮などから郡山市に移転することを内定しているから、被告と三菱製鋼とが、近い距離に存したことから生じる便宜さはいずれ失われることとなる旨主張する。

≪証拠省略≫によると、昭和四七年一二月頃三菱製鋼東雲工場が郡山市移転を決定した旨新聞紙上に報道されたことが認められるが、その報道内容にはなお吟味を要する点が残るように考えられるのみならず、ことは法定更新の成否が問題とされる昭和四六年九月末から同年一〇月初にかけての時期より二年以上も隔った時期に属し、当事者の予見し、又は予見し得たところとは認め難い故、これを正当事由の判断の資料に持ち込むことは適当でないとすべきである。

5  (双方の事情の検討と結論)

(一)  以上認定した事実により、原告被告双方の本件土地使用の必要性につき比較考量すると、原告においては、本件土地の利用できないことにより年間約七、〇〇〇万円の損失を蒙っており、このような額の損失は、いかに原告が我が国のこの種業界のトップメーカーであり、年間営業利益が八億七、〇〇〇万円にのぼるという大企業であっても(≪証拠省略≫によれば、原告の自昭和四五年一〇月一日至昭和四六年三月三一日第六五期と自昭和四六年四月一日至同年九月三一日第六六期の営業利益((営業収益から営業費用を控除したもの))は合計約八億七、〇〇〇万円であることが認められる。)、決して看過できないものであることは明らかである。

(二)  ところが一方、被告の事情につき検討すると、被告の営業部門のいずれをとっても、江東区近辺の企業ないし業者と取引上密接な関係を有し、被告が他の土地に移転した場合に、同程度かつ同種類の取引相手を得ることはほとんど不可能であると考えられ、被告の経営規模に照らせば、これらの取引相手を失った場合、たちまち経営状態は悪化し、倒産に至る可能性は十分にあるといわねばならない。

このように本件においては原告被告双方ともに本件土地を使用する必要性は重大なものがあるが、翻って考えてみるに被告は本件土地をほぼ二〇年間、坪当り一〇円という安い賃料で賃借し(因みに≪証拠省略≫によれば、訴外財団法人日本不動産研究所は昭和四六年一〇月一日時点における本件土地の月額支払賃料は平方メートル当り二一三円、合計一六五万六、〇〇〇円と鑑定していることが認められる。)、本件土地の便利さを十分生かして着実に発展してきた。ところが原告は用地不足に悩んでいるのであり、一方は二〇年間余本件土地の恩恵を十分受けてきたのに対し、他方は本件土地を使用できないため損失を被っているという著しい対照がある。又検証の結果によれば、被告の本件土地の利用状況は、本件土地内に神社、庭園などをもうけ、なお工場用地として利用可能な遊休地を残していること、運河沿いの資材、材料等置場の土地使用方法がいささか冗漫であり、その立体化を工夫することによって土地使用面積の縮少化を図る余地があること、車輛工場(省力機器の製造を行う。)のごとく、工場規模の合理的な縮少を期待できるものがあることが認められるのであり、一寸の土地でも欲しいとする原告の状況と対照的である。

(三)  ところで借地法第四条にいわゆる正当事由は、土地の所有権と利用権との対立を、社会通念に照らし妥当に解決しようとする目的をもつことは明らかであり、右妥当な解決のためには、双方の必要性の事情を検討したうえ、明渡しの態様においても、双方の利害の調和を図ることを許容する幅広い観念であると解せられる。本件の場合、本件土地には遊休地が存するのみならず、前示のとおり被告の設けている施設のうちには、土地使用面積の縮少化を図る余地があるもの、あるいは工場規模の合理的な縮少を期待できるものがあり、被告が引続き前記営業三部門をこの地に存置するという方針を採る場合でも、本件土地の面積を減らすことにより被告の営業が決定的に不可能となり、又は著しく困難となるものでないこと、古河市所在の被告所有地はそのような工場再構築の莫大な資金源となることなどを考慮し、結局被告をして本件土地の一部を明渡させることとして、原告被告両者の利害の調和を図るのが妥当であるということができる。そして原告側については、明渡し土地部分が、それ自体独立して使用されるのではなく、第二工場の工場機能の一部に取り込まれ、第二工場の生産行程の一端を荷うという有機的関連のもとにおいて、いかなる位置、形状、面積などの立地条件が整えばその利用価値を発揮できるかという点、被告側については、残地が被告の三営業部門を収容する工場用地としての機能を維持するにはいかなる諸条件が必要であるかという点、その他本件に顕われた諸般の事情を考慮して、右明渡し土地部分は、別紙図面(一)の(イ)(ロ)(チ)(リ)(イ)の各点に該当する地点を順次結んだ直線で囲まれた部分とするのが相当である。

(四)  そして被告が本件土地上に別紙図面(一)の①ないし40〉に表示する本件建物等を所有し、本件土地を占有していることは当事者間に争いのない事実であるところ、被告の右明渡し土地部分には被告の工場建物、設備などが存していることが明らかであり、被告がこれを収去し、残地に移転して残地を単一の工場用地として再構築するには相当の費用がかかること、原告は右明渡し部分を借地権の負担のないものとして活用する利益を上げ得ることに鑑み、原告が返還を求め得る土地の範囲を右明渡し土地部分に縮減するに止まらず、被告のためにいわゆる立退料を支払うことが原告の異議の正当事由を補強する所以であると思料される。

この点に関し、記録によれば、原告は昭和四七年七月一五日の第三〇回口頭弁論期日において被告に対し立退料三、〇〇〇万円の提供の意思表示をなし、次いで昭和四八年七月四日の第四一回口頭弁論期日において右立退料の額を八、〇〇〇万円に増額したことが認められる。右立退料の提供がなされたのは原告が異議を述べた昭和四六年九月末から一〇月初にかけての時期とある程度隔っていることは否めない。しかし、現今の借地借家関係において、賃貸人が自ら土地あるいは建物を使用する必要があるとして、正当事由に基づいて賃貸借契約関係を終了させようとする場合に、正当事由の補強として賃借人に対し立退料を提供することはしばしばみる事例であり、又本件のように企業が賃貸人、賃借人に分かれて工場用地の使用を廻って相争うという類型の場合は、賃借人が生活の基礎たる居住の場を維持するため賃貸人と対峙するという類型の場合と比べて、立退料なる金銭的代償によって正当事由の補強をさせて紛争を解決することに比較的に親しむものであり、通常それが賃借人側企業のこの種の問題に対して抱く意識であると認めて差し支えないであろうから、本件においても、特段の事情がない限り、被告において原告が異議を述べた当時いずれ原告が相当な金額の立退料を提供することを予見し得たものと認めるのが相当である。従って、前記原告の立退料提供の事実を参酌することは許されるものと考える。

ところで、原告の提供した立退料八、〇〇〇万円は原告が被告から本件土地全部の明渡しを受けることを前提とするものであることはいうまでもない、このように賃貸人が一定の土地全部の明渡しを受けることを前提として一定額の立退料を提供した場合において、その主張する正当事由が当該土地の一部の明渡しを求める限度において、かつ相当額の立退料を提供する範囲で充足されるときは、賃貸人は、特別の事情(たとえば、明渡しを求め得る土地の一部が当該土地全体のうちで特段に利用価値の稀薄な個所であるなど)がない限り、当初提供した金額のうち、右一部の土地が全体の土地に対して占める面積比と同一の割合によって算出された金額の立退料を提供する趣旨であると解するのが相当である。本件においては、その額は、八、〇〇〇万円に前記明渡し土地部分が本件土地全体に対して占める面積比三六パーセントと同一の割合を乗じて得られる二、八八〇万円となる。

そこで、右立退料額の当否を検討するに、原告が本件土地を自ら使用する必要性の程度は被告の必要性と比較考量しても相当大きく、それが前記明渡し土地部分に限られるとすれば、必要性の程度はより強固となることは必然であり、従って正当事由の補強としての立退料にあまり過大な見積りをすることは許されないこと、原告の提供にかかる二、八八〇万円はあたかも昭和四六年一〇月一日時点における前記明渡し土地部分の借地権価格(≪証拠省略≫によって認められる右時点の本件土地の更地価格を前記明渡し土地部分の面積比で按分し、これに借地権価格割合((七割とみる。))を乗ずると、一億〇、五五八万八、〇〇〇円となる。)の四分の一強にも達することを参酌すると、前記明渡し土地部分の立退料は二、八八〇万円をもって十分としなければならない。

(五)  以上を要するに、原告の異議は、前記明渡し土地部分について本件賃貸借契約の更新を拒絶する限度において、かつ原告が被告に対し二、八八〇万円の立退料を提供した事実が加わることによって正当事由を具備したものと判断する。

七  (損害金について)

原告は本件賃貸借契約の期間満了後、被告が本件土地を不法占有することにより蒙った損害として、一日一〇万円の割合による金員の支払いを求めるが、前述のとおり、本件土地のうち別紙図面(一)の(イ)(ロ)(チ)(リ)(イ)の各点に該当する地点を連結した直線で囲まれる土地以外の土地については、異議につき正当事由がなく、本件賃貸借契約は更新されたのであるから。被告の占有が何ら不法行為を構成しないことは明らかである。又右の明渡し土地部分についても、本件においては正当事由の存否及びその程度についての判定が非常に困難であり、裁判上の確定的解決を待つことなく、右明渡し土地部分につき不法占拠であると理解することは被告にとってほとんど不可能であるから、被告の右明渡し部分の占有については故意過失を認めることができない。

従って原告の請求原因6の主張は理由がない。

八  (結論)

以上によれば原告の本訴請求のうち、被告に対し単純に本件建物等を収去して本件土地の明渡しを求める主位的請求は失当として棄却すべきであり、予備的請求は、原告が被告に立退料二、八八〇万円(原告は八、〇〇〇万円の立退料の支払と引換えに本件土地全部の明渡しを求めているが、右請求は、仮りに明渡しを求め得る土地の範囲が縮減されるならば、その面積縮減の割合に比例して縮減する額の立退料の支払を引換えとする趣旨であると解することができる。従って、原告が明渡しを求めうる土地範囲が下記のとおりであるとすれば、原告の提示する立退料の額は比例的に縮減し、二、八八〇万円となる。)を支払うのと引換えに、被告に対し本件土地のうち、別紙図面(一)の(イ)(ロ)(チ)(リ)(イ)各点に該当する地点を順次結んだ直線で囲まれた土地部分上に存する建物及び工作物等(別紙図面(一)の③、④(一部)、⑧、⑨、⑯、⑰、⑩、⑳、、、、、に表示する物件)を収去して、右土地部分の明渡しを求める限度で理由があるから認容し、その余の部分及び損害金請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、九二条を適用し、なお原告の仮執行宣言の申立は不相当であるから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蕪山厳 裁判官 麻上正信 慶田康男)

〈以下省略〉

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